働くことの意味を再獲得すること、その先にある民主主義への実感
隅田川自治β ダイヤローグ②
今井 紀明(認定NPO法人D×P(ディーピー )理事長)
西村 佳哲(『自分の仕事をつくる』著者)
コロナ禍を通じて、衣食住といった日々の生活の基礎が大きく揺さぶられました。特に、若い世代は学校現場や就職で大きな影響を受けています。社会のあり方、次世代が直面する問題をどう捉えるべきか。10代に対するセーフティーネット支援を行っている認定NPO法人D×P(ディーピー )理事長の今井紀明さんと、働くことをテーマに長年執筆を重ねてきた西村佳哲さんにお話をうかがいました。
—— 本日はどうぞよろしくお願いいたします。コロナ禍を通じて、日々の生活の営み、食べることや暮らすこと、働くことについて問われる時代となりました。特に、若い世代に大きな影響を与えています。食べることや働くことなどこれからの世代に向けて考えるべきことについて、お二人から色々とお話をうかがいたいと思います。
今井紀明さん(以後、今井):10代の孤立解消やセーフティネット活動のNPO法人で、進路就職のLINE相談サービス「ユキサキチャット」を展開しています。コロナ禍で就職相談以外に食糧支援をこの2年ほど、2021年度は延べ43,000食、現金給付も2,600万円以上行ってきました。ユキサキチャットには特に若年女性や留学生からの相談が多いです。
これまで、不登校や経済困窮の10代を対象にアプローチをしてきましたが、コロナ禍で貧困状態がより顕著に出てきていて、親に頼れず、働く気力も失った若者が増えていると実感しています。食糧支援では、できるかぎり栄養バランスを考えながら支給し、一度に30食分、固形物を食べられない人にはお湯をかけて食べられるレトルト商品、若年女性には生理用品、マスクを買えない人にはマスクの支給もしていました。こうした食糧支援や現金支援をしながら、できるだけ公的な支援につなげるようなサポートを行っています。
西村佳哲さん(以後、西村):よく、食べていくために働かないと、と言われます。けれども、昨日のお昼に何を食べたのか覚えていない人も多いのではないでしょうか。自分が食べているもの、食べていることに無自覚な人も多いように思えます。食事の摂り方は、物事の味わい方や情報摂取のあり方にも通じるような気がして、最近、改めて食べることに自覚的になっているところです。
一方、今井さんがサポートしているような困窮状況に陥っている人たちもいます。そうした若者は自分の周りにはあまりいないのだけど、実は見えていないだけでおそらく相当数の人が貧困状態に陥っているのでは、と感じます。今井さんは、本来は就職支援をメインで始められたのに、今はその前段階から取り組もうとされているんですね。
今井:勉強するにも気力が湧かないと何もできないので、まずは安心できる環境をつくることが優先だと考えるようになりました。気力を失ってる人には、複数の問題があることが分かりました。例えば家庭内虐待や性虐待、強制労働、パワハラなどが複数絡まって動けない状態になっています。極端な言い方ですが、経済的な困窮だけなら一定程度立ち直りのスピードは早いけど、複数要因だと精神疾患などもあって、そこからのサポートは時間がかかります。
写真:認定NPO法人D×P(ディーピー )の活動の様子
西村:私自身が貧困や生活苦の現場を見ているわけではないのですが、働くことに関して言えば、働くことの劣化、貧しさのようなものを感じるようになりました。デザイン教育を受けると、身の回りのあらゆるものがデザインされていることに気づきやすくなります。しかし、次第にちゃんとしていない仕事が目につくようになりました。例えば、食品偽装が話題になった時には、まさかここまで働くことが劣化してきたのか、と強く感じるほどでした。
働くことについては、「働いて得たお金で自分を充実させる人たち」と「働いている仕事や経験そのもので自分を充実させている人たち」の二極化が進んでいると思います。前者には空虚さが感じられる。仕事が単純に経済的な意味しか持ち得ず、さらに本人の人生が会社の経済圏に引き寄せられてしまう。仕事への意義がお金しかない。子ども達はそういう姿を見て、大人になるとはこういうことなんだなと学習してしまう。
今井:そうした大人達の姿から、働くことに対してマイナスイメージを持つ若者が多くいます。それこそ、自分の親が働いていなくて強制労働させられたり、親ががむしゃらに働いていて、ある時に病気になったことで病気や怪我への不安を抱えたり、親が仕事の文句ばっかり言ってたりと負の連鎖が起きています。なので、どうやったら働くことが楽しい大人とつなげていくかをこの10年取り組んできたように思えます。
今井:今、D×Pでは定時制高校の中で事業をしています。食事も提供しながら、学校に通う大人も若者も一緒になって対話する場をつくっていて、そこで若者に仕事の価値観を変えるきっかけをつくれたらと思っています。オンライン相談も同じで、若年層と別の世代をつなぐことを大切にしています。
西村:日常的な生活圏の中だけだと、会う大人の種類が限られてしまうのでしょうね。良い大人、楽しく仕事をしている大人との出会いや環境は本当に大切です。
今井:新しい関係性をどうつくれるかだと思っています。リアルの場も必要です。さらにオンラインでどうつくるかが課題です。オンラインだと自分の好きなことやコミュニティだけを見てしまいがちです。なので、10代がすでに入っているコミュニティに自然と多様性を混ぜ込めるにはどうすれば良いかを考えています。「社会的処方」のような、違ったコミュニティへの接続をつくるリンクワーカーのような存在になればと、日々悩みながら活動しています。
西村:彼らが自然に通える場所が、タッチポイントになるといいかもしれません。例えば、コンビニがそうした社会的機能を持てるかもしれないし、他にも、たとえば買い物をしなくても長い時間いられる場所の一つに図書館があります。そうした場所が、社会や大人とつながる居場所になってほしいですね。とはいえ、気力がない子ども達は、そうした場所のさらに手前がポイントですよね。関係性の線が少ないことが問題なので、それを一本でも増やせるといいですよね。
今井:そうですね。なので、そうした若者へのアウトリーチも欠かせません。気力のない若者達は社会からはなかなか見えません。特にリアルではほとんど見えずらい状況です。だからこそ、オンラインでしか出会えないものもあるはずです。オンラインで若者達とどう接点を増やし自然な出会いの場をつくれるか。人は、3つ以上の居場所があってはじめて自律的に行動できると思います。
—— これまでの今井さんのお話にあるように、今、大変な状況に陥っている若者への支援もある一方、今が正常でもいつ誰がどういう状況になるか分からない社会でもあります。そうした意味で、すべての人に開かれていることも大切ではないでしょうか。
今井:おっしゃるとおりです。なので、ユキサキチャットは、いつでも、誰でも入って来られる場所をイメージしていて、今が大丈夫でも、後々誰がどうなるか分からないということを念頭においておくように、常にスタッフたちにも周知しています。食糧支援や現金給付を希望する若者にアンケートをとると、給付金・奨学金などの制度に申請したことがない若者が6割以上でした。政府の支援が結びつかない層に対して、頼れる場は常にオープンにしていることが大事だと思います。
西村:いざ何かあったときへの対処として、本人だけの問題だけでなく周囲の人が支えになれることも大事です。私ごとですが、介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)の資格を取ってみようと考えたことがあります。親の介護のこともあるし、自分にしたっていつ何があるか分からない。大人は全員必修でもいいくらいだと考えました。が、受講にはそこそこの費用が要ります。福祉の資格群の入口にあたるものだし、たとえば若い人たちに無償化することで、収入が得やすくなり、将来のケア人材の育成にもなり、その仕事を通じて関係性の線の数も増えて、困った時に周辺とつながることも出来るかもしれません。
—— 今の社会は、元気でバリバリ働くことが前提になっているように感じます。柔軟に対応できるよう、西村さんがおっしゃるように知識や経験が幅広く得られることで、自分自身、もしくは友人が大変な状況になったときに、直接何かができるかもしれないし、直接できなくても、どういう手を打てばよいか想起できるような環境があることで、つながりの線を細くしない状況になれるかもしれません。
—— バブル崩壊から現在まで、経済的な成長がなかなか期待しにくい時代において、社会全体が良い方向に向かっているという実感も持ちづらい気もします。そうした時代を生きる上で、今の社会の根幹的な問題はどこにあるとお考えでしょうか。
今井:一番は、若者自らが社会をつくりだしているという実感を持てないのが問題だと思います。若者が希望を持つ社会にするには、依存できる場所や頼れる人がいること、生活費を稼ぐつながりがあること、安心して住めるつながりがあること、この三つが重要だとこれまで考えてきました。しかし、最近これでは足りないなと感じていて。つまり、社会そのものに希望を持てる要素がないと始まらないと思うようになりました。
スウェーデンでは、13歳から25歳までの若者に対し自治を応援する若者市民社会庁があります。そこでは、若者のグループに数十万円の支援をし、自律的な活動を応援し自治を育む取り組みが行われています。学校の自治や部活におけるルールメイキング、自発的な研究会をもとに民主主義の基盤を育む機能を担っています。こうした主体的に動ける機会があることが大切で、自治の経験を持たせないと民主主義も希望も育まれないと思うんです。ドラスティックに若者に権限や予算を渡し、プロジェクトをさせることでこれまでとは違った新たな動きが生まれるはずです。
西村:この社会で私たちは、常に消費者として振る舞っていますよね。毎日の暮らしのなかで、複数の選択肢からなにかを選んで、手に入れる・買うことをくり返しています。仕事を探す時もなにもかもがそうで、選択肢の中から一番得なものを選ぶトレーニングを重ねている。けれども与えられた選択肢の中から選ぶのではなく、自分たちでつくり出す経験、アートや表現行為に限らず、それを身近なところから実践してゆけるといいですよね。
アメリカでは、子どもが自作のレモネードを家の前で販売する経験がよく知られていますね。そうしたことでもいいし近所の清掃でもいい。小さな実践の機会があれば、具体的な社会との接点が生まれて、周囲の世界に愛着が湧き、オーナーシップを持つようになる。自分の身近な範囲で、買って使うだけではない、当事者性を自らつくりだす感覚を持つことの大切さを、今のお話を聞いて感じました。
—— 小さな実践へと踏み出すためにも、自分自身で前に向かい、踏み出す何かを持つ必要があるようにも感じます。自分自身を前に動かすには、どうすれば良いでしょうか。
今井:好きなことや自分の趣味を通して社会との接点ができた時に、人は一歩を踏み出せる気がします。そのためにも、本人が持つ何種類もの好奇心を引き出し、行動までつなげていくかが重要です。そのためにも、最初の一歩はやはり「信頼」がないと人は動けません。この人になら頼っていいかも、この人となら話してみよう、と思えるものがあるかどうかです。
西村:好奇心だけでなく、「自分が誰かの役に立っている」という自己肯定感も大事だと思います。神山町に「孫の手プロジェクト」という取り組みがあります。これは、町の農業高校の造園科の生徒が、地域のお年寄りの家の、崩れた石垣の修繕や庭の手入れを行うもので、学校で学んだ技術を実社会で活かすアルバイト・プロジェクトです。反響はよくて、いまでは生徒が放課後に自分たちで、家々を営業に回っている。このプロジェクトをやりたくて高校に入って来た、という子もいるくらいになりました。学校で学んでいることが、お年寄りのケアになることから得られる自信といいますか。動物のケアでもよくて、ケアされる側から、する側に回ることで湧いてくる力があると思います。
写真:西村さんの活動の様子
今井:役に立った、自分ができたという実感や経験を通じて、自分の内側から湧き出てくるものはありますね。D×Pが関わった若者で、3年ほど引きこもっていた高校生がいたのですが、ひょんなことから在宅アンケートの仕事を振ったら急にがむしゃらに取り組み始めて、いまでは企業の契約社員として仕事に就いた人もいました。これは極端な例かもしれませんが、仕事を渡して、あなただったらこれができるよ、一緒にやってみよう、と声をかけたことがきっかけで自信につながることもあります。
西村:冒頭、稼いだお金で充実感を買うことの空虚さについて話しましたが、この根幹にあるのは「意味の枯渇」だと思います。働くことの意味が、経済的な意味でしか担保されていないことへの空虚さです。人間は、意味があると感じられることに手が伸びる生き物です。意味を食べる生き物なんです。意味が感じられないもの、自分が何をしても反応が返ってこないことはつづけられない。意味的な枯渇が生じて、次第にエンジンが回らなくなる。その意味の種類を増やすことで、自分自身を駆動させるエンジンが回りやすくなるはずです。
—— 仕事における意味の獲得、自己肯定感や当事者性という問題は、社会全体で見たときには、今井さんが途中でも触れた民主主義のあり方ともつながります。世界では、若者が声を上げて民主主義を獲得しようと運動が起きたりしています。日本において、民主主義をどう育んでいくと良いのでしょうか。
今井:若者の観点で見たときには、若者が政治に当事者性を持つために、被選挙権を18歳にしてほしいですね。若い人が政治に携わる見本がないことで、政治や社会問題との距離感を生んでいるように思えます。
西村:民主主義という大きな話よりも、大事なのは小さな自治の単位をどうつくっていくかではないでしょうか。今この社会では「ヤブ化」が進んでいると思います。ヤブは、単一の植物が繁茂して、極端に競争が激しく、生物多様性に欠け、根の深さも一定で土の涵養力も低い環境です。ヤブ化の進んだ緑地といまの社会のあり方には、重なるものがあります。ヤブの逆は木立です。多様な木が生えていて、生物種が多く、根も深く土が涵養されていて、保水力も高い。そうした環境ではいろいろなものが、ほどよく生えやすい。
ヤブ化が進んだ社会をいきなり面的に変えることは出来ませんが、木が一本育ってゆけば、その足元が涵養されて、その周囲で新しい芽吹きが生じやすくなる。そして少しずつ森になってゆく。今井さんたちの活動も、生きる困難さを抱えるすべての子どもを一斉に救うことはできなくても、活動の一つひとつが、新たな木が育つ支えになっているはずです。そうした小さな生命の拠点を、それぞれがどう育むか。それらが積み重なることで、森のような社会に生まれ変わってゆくはずです。
取材:清宮陵一、小出有華(NPO法人トッピングイースト)、編集:江口晋太朗(TOKYObeta.Ltd)
カバー写真:隅田川怒涛を支えた学生インターンたち
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今井 紀明
認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長
1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。神戸在住、ステップファザー。高校生 のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立。その活動のために、当時、紛争地域 だったイラクへ渡航。その際、現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の 言葉のもと日本社会から大きなバッシングを受ける。結果、対人恐怖症になるも、大学進学後 友人らに支えられ復帰。偶然、中退・不登校を経験した10代と出会う。親や先生から否定され た経験を持つ彼らと自身のバッシングされた経験が重なり、2012年にNPO法人D×Pを設立。 経済困窮、家庭事情などで孤立しやすい10代が頼れる先をつくるべく、登録者7700名を超える LINE相談「ユキサキチャット」で全国から相談に応じる。10代の声を聴いて伝えることを使命 に、SNSなどで発信を続けている。
西村 佳哲
1964年東京生まれ。プランニング・ディレクター。リビングワールド代表。働き方研究家。つくる・書く・教える、大きく3つの領域で働く。開発的な仕事の相談を受けることが多い。東京と徳島県神山町に居住。同町の「まちを将来世代につなぐプロジェクト」第1期(2016〜2021)にかかわり、一般社団法人神山つなぐ公社の理事をつとめた。著書に『自分の仕事をつくる』(ちくま文庫)など。