アクセシビリティは、後付けではなく前提条件から問い直す

隅田川自治β ダイヤローグ⑥
市川 浩明(認定NPO法人ことばの道案内 代表理事)
山上 庄子(パラブラ株式会社 代表取締役)

障がいを抱える人にも、文化・芸術を楽しんでもらいたい。そのために、あらゆる場面でアクセシビリティやインクルーシブなデザインをどのように実装するかを考えなくてはいけません。『隅田川怒涛』でアクセシビリティを担当いただいた、バリアフリー化の制作会社パラブラ株式会社の山上庄子さん、視覚障がい者のためのルートマップの作成している認定NPO法人ことばの道案内代表理事で、自身も全盲の障がい者である市川浩明さんと、障がいの有無に関わらず、誰もが社会のなかで分け隔てなく過ごすための、アクセシビリティのあり方について議論しました。

── 山上さんとは『隅田川怒涛』の夏会期「天空の黎明」で、手話や字幕サポートなどのアクセシビリティをご担当いただきました。市川さんは、「water sttate1」で、ことばの道案内のルートマップの作成を東向島でご一緒させていただきました。今日は、そんなお二人と、障がいのある方とともに生きるため、地域のアクセシビリティのあり方を考える場にできたらと思います。まずは、それぞれが取り組んでいる活動をお聞かせください。

山上庄子さん(以下、山上):パラブラという文化・芸術分野のバリアフリー化を専門とした制作会社を運営しています。映画や映像のバリアフリー化がメインですが、他にも演劇やイベントなどのコンサルをはじめ、配給事業やアプリUDCastの開発運営などもやっています。

バリアフリー字幕や音声ガイドは中身の部分が大切で、単純な情報保障だけでなく、演出や背景、意図を考えた時にどのように伝わるかという翻訳のような役割です。制作時には、監督やプロデューサー、字幕や音声ガイドのユーザーである視聴覚障がい者、そして私たち制作者の三者を交えてブラッシュアップします。洋画に翻訳字幕が当たり前なように、字幕や音声ガイドが当たり前に付いて、必要な人が必要な情報に触れてほしいという思いで活動しています。

── なぜバリアフリー化事業を始めようと思ったのですか?

山上:私も含めて多くのスタッフは映画業界出身で、自分たちの好きな作品が届かない人たちがいることへの違和感がありました。私は以前お世話になった鍼灸院の先生が視覚障がいの方で、談笑しててあの映画を見て欲しいなと思うことがありました。その度に、友人と映画を楽しみたいという気持ちや、映画を楽しむという行為に対する分断を感じていました。

字幕や音声ガイドの制作は、本来であれば映画側が準備すべきものだと思っています。字幕や音声ガイドが標準化されていない現状を、映画側から変えていきたいですね。もっと文化・芸術が開かれたものであってほしいと願っています。

── ありがとうございます。それでは次に市川さん、よろしくお願いいたします。

市川浩明さん(以下、市川):認定NPO法人ことばの道案内という、視覚障がい者に地図などの画像ではなく“ことば”で目的の施設まで案内する、言葉の地図を制作する活動を行っています。NPOは20年ほど続いていて私は3代目の代表です。普段は会社勤務をしていて、空いた時間でNPO活動をしています。

私は10数年前に中途視覚障がいになりましたが、それまでは商業施設運営などをしていました。当時、バリアフリー法が施行された頃で、私も仕事で車椅子対応や段差スロープなどを施設に導入していました。自分が視覚障がいになった時にはじめて、自分がそれまで携わってきた仕事が机上の空論で独りよがりだったのでは、という強い反省を感じました。その後、なにか活動をしたいと思っていたところ、その頃はまだ今のようにテレワークのない時代で通勤が必須でしたので移動支援が一番不足していると考え、ことばの道案内と出会い活動に関わるようになって、現在、代表になっています。

写真:『隅田川怒涛』のアクセシビリティ (上)「天空の黎明」では、一部のプログラムで日英字幕、アプリ「UDトーク」による文字支援、手話通訳を生配信で行った。(下)「water state 1」では、最寄駅から会場までのことばによるルートマップ作成を行った。

山上:視覚も聴覚も中途の方が圧倒的に多いですよね。中途で障がいになった人の中には、映画鑑賞を諦める人もいるんです。そもそも、外出自体にもハードルがあります。明日、私が目や耳が聞こえなくなるかも分かりません。自分が暮らす社会で、障がい者になった途端に自分の好きなものが失われる社会になってほしくないです。

移動のアクセスが大事という話はとても共感します。パラブラの事業で映画の字幕や音声ガイドといったコンテンツだけバリアフリー化しても、映画館にたどり着けなければ、チケットを購入できなければ意味はないと痛感します。一部ではなく、社会全体が総合的にバリアフリーにならないといけません。

市川:映画館へのアクセスのため、一部の映画館ではことばの道案内のデータを無償で提供しています。一人で映画に行って楽しんで帰るという行為は、人の尊厳に関わるものです。一人で映画を観に行けたという当たり前の行為が、障がいがあると難しい。例え使う人が少ししかいなくても、そうした環境が社会に実装されているということが大切です。

── 移動のお話がありました。市川さんは、普段どのように移動されているのですか? 電車やバスも頻繁に使われますか?

市川:私個人は、行けるところは一人で行きます。無理なところは誰かと行くしかありません。ガイドヘルパー制度のような公的な補助も使いますが、行く場所によってヘルパーさんを使うのをためらうときもあります。例えば自分が好きな音楽の専門店でレコードを聞きに行きたい時は、店員さんと直接じっくり話したいので、そうした時は一人で行きたいですね。

移動は基本的に歩き、電車やバスにも乗ります。ただ、バスはどこ行きか教えてくれないので、人に聞くしかありません。電車のホームも、慣れているところは分かるけど、初めての場所はどこに何があるか分からなくて苦労します。駅を降りてもそこからが大変です。初めて行く場所は、努力ではまかないきれない絶望的な部分がまだまだあります。それを一つでもクリアするために、NPOの活動をしています。

── 知らない場所へ行くのに、リハーサルが必要だというお話を聞いたことがあります。

市川:おっしゃるとおりです。事前に情報がないと立ちゆかないし、情報があってもそれを何度も咀嚼して、やっとなんとか一人でできるようになるのにとても時間がかかります。今働いている会社は障がい者雇用で入社して、コロナ以前は毎日職場に通うために、駅から職場までの道のりを覚えるのに1ヶ月かけて訓練しました。道のりを覚え、どこに何があるかを理解し、危険がなく人に頼らずに職場に行けて、やっと一人前になったと思います。

写真:認定NPO法人ことばの道案内の活動の様子

山上:以前、視覚障がいのスタッフがいました。制作時のモニターで視覚障がいの方に来ていただく際は駅送迎をしますが、入社となると、駅からのルートを確認し、本人が困ることなく職場に来れるようにしなければいけません。ルート確認のプロセスで、私たちが普段気づかないことに気づかされることは多々ありました。例えば、オフィスのビルのエレベーターは階到着時に音の案内がないタイプなので、今何階に着いたかが分かりません。そこで、ビルの方に許可をいただいた上でエレベーター内の階ボタンに凹凸シールを貼らせてもらい、さらに、着いた階の扉が開いた先の壁にシールを貼って、そこが何階か分かるような対策を取りました。オフィスの入り口はセキュリティ上テンキーになっているので、シールを貼ってボタンの位置が分かるようにしました。こうした対策を講じれば、100%ではないけれどもどうにか対応できます。

── 最近の電子ロックやクレジットカードの決済端末で、数字がランダムになったりインターフェースに凹凸がなくてツルツルしたデザインだったりと、見た目は良いかもしれませんが視覚障がいの方にとっては困るようなデザインなのでは、と感じることがあります。本当であれば、山上さんがおっしゃったような対応をしなくても、障がいのある方がスムーズに移動できる仕掛けやデザインがされているべきだと感じます。

山上:あらゆるバリアフリー化を後付けで何かしようとすると、お金も労力もかかるということです。けれども、例えば新しい建物を建てる場合などは、バリアフリー化を前提とした設計になっていれば導入も容易です。とはいえ、バリアフリー化が当事者にとって使いづらいものになっていては本末転倒なので、しっかりと当事者も交えた設計を早い段階から入れ込む必要があります。私たちの字幕や音声ガイドの制作も、当事者不在ではつくれませんし、つくりたくありません。あらゆるものが、バリアフリーなデザインを前提としたものにもっとなっていってほしいですね。

── 障がい者対応を前提とする一方、ビジネスを考えると、スピード感を持ってリリースすることも求められます。予算や時間的な制約と障がい者対応は、ある種のトレードオフ関係になりがちです。

山上:色んな場面で、バリアフリーが後回しにされることは多々あります。けれども、そうした考えや前提を変えていく必要があります。例えば、私たちの作業は、映画が完成しないと字幕や音声ガイドを付けられないので、映画の完成から公開の間に作業しなければいけません。私たちは映画公開初日から実装されてほしいので、公開に間に合わせようと必死で作業します。作業時間が1ヶ月や2ヶ月確保されていればよいですが、中には2週間しかない映画もあります。

翻訳字幕がないと洋画が公開されないように、その機能がなければ見られない人がいるはずです。映像編集が終われば完成なのか、バリアフリー版までできてはじめて完成と言えるのか。何をもって完成とするか、という前提を変えないと、社会全体のバリアフリー化は進みません。バリアフリー版までの完成を見込んで、予算や時間を確保してほしいと常に思います。しかし、全部後付けだから予算や時間のしわ寄せの影響を受けているのが現状なのです。

── 『隅田川怒涛』でも、分からない中で試行錯誤しながら、芸術祭にどのようにアクセシビリティをインストールするとよいのか、色々と学びとなりました。その過程で、私たちとしても向き合うべき問題ということに気づかされました。

山上:『隅田川怒涛』の現場もギリギリの中での作業でしたが、現場に理解者がいるだけで進みも早く、とても助かりました。

── 『隅田川怒涛』ではYoutubeチャンネルでアクセシビリティ対応の配信をしていました。コンテンツのアクセシビリティだけでなく、いかにしてコンテンツにたどり着くか、ということも課題として実感しました。

山上:手話付きや字幕付きという情報を入手するために、当事者団体が運営している情報サイトやコミュニティを活用している方もいらっしゃいます。「天空の黎明」は、字幕対応をさせていただくことが決まってすぐに、コミュニティに情報発信したので、そこから拾ってくださった方もいますし、Youtubeの関連動画から見つけた人もいるみたいです。

バリアフリーの要素も大事ですが、もっと大事なのは、そのコンテンツを見たいと思わせる魅力があるかです。字幕や手話を付けたから沢山の人に見られるわけではありません。よく、「映画の字幕や音声ガイドを付けたら、どのくらいの人に見られますか」という質問をいただきますが、字幕や手話と付けたからといって必ず沢山の人に見られるわけではなく、あくまで映画の魅力次第だといつもお話しています。

── 市川さんは、普段どのように情報収集されていますか?

市川:テレビ、ネット、ラジオ、口コミと、みなさんとほとんど変わらないと思います。とはいえ、ネットサーフィンは目が見えないので時間がかかります。また、本屋にふらっと立ち寄って、書籍のタイトルやポップで衝動買いするような行為は不可能です。そうした偶然性の高い情報の取得がないのは悩ましいです。どう頑張っても、偏りのある情報収集しかできないという自覚があります。

正直言うと、私は障がい者専用サイトやコミュニティの情報は参考にしません。ネットサーフィンでググれば大概の情報は調べられます。障がい者が見やすい情報にフィルタリングされたものではなく、生の情報にできるだけ接したいと思っています。

山上:映画の公式サイトでも、一般の方が見るページやコンテンツと同じところにバリアフリー対応の情報が含まれていることが大事です。つい、バリアフリー情報だけ別にされていることがありますが、それでは意味がありません。

市川:映画の魅力は映像美です。なので、サイトも基本的に画像ばかりで代替テキストも埋め込まれていないことも多いです。私たちにとっては理解できる情報が少ないので、結局、映画の情報を知るには映画好きの知人と話したほうが早かったりします。

山上:まだまだ、業界として徹底されていないのが現状で、そうした業界の当たり前を変えていきたいですね。

── 映画だけでなく、あらゆる業界や業種で、アクセシビリティに関する取り組みはどうしたら広がっていくのでしょうか?

山上:昨年に障害者差別解消法が法改正され合理的配慮の義務化となり、各事業者側は3年以内になにかしらの合理的配慮をする必要が出てきました。

市川:法律が努力義務から義務に変わったのは大きいです。民間企業も、障がい者雇用は法定雇用率にも影響してきます。法律で力強く推進して変わっていってほしいです。現状、納期や費用の関係であらゆる場面で最後にまわされるのは、セキュリティとアクセシビリティですしね。

── これまでにアクセシビリティに関して、良かった体験はありますか?

市川:以前に『海街diary』という映画のDVDを見てとても感動した経験があるんです。DVDを見ようと機械にいれた後、メニュー画面が出た時に自動で音声ガイドが流れる仕様になっていて、音声ガイドが必要でない人はワンクリックで変更できる仕様になっていました。必要な人はそのまま、不必要な人はオミットするという仕様にとても感激しました。

山上:それ、実は私たちで対応したんですよ。音声ガイドを安心して使っていただくために配給会社と相談し、実装しました。仮に音声ガイドのメニューが入っていても、きちんと再生できなければ意味がありません。会社によって仕様はまちまちですが、当時は各自がスムーズに操作できるよう、最初に音声ガイドが流れ、必要でない人は外すという仕様をお願いしました。

市川:そうだったんですね! あのDVDには本当に感動しました。私は、アクセシビリティは別途で付け足すアドオンではなくアクセシビリティ前提の設定にして、必要でない人は外すというオミットな仕様であるべきだと思っています。私たちと違い、手も足も動かせ、目も見える人は、ちょっとした操作や一手間がかけられるはずです。けれども、私たちはその一手間がかけられませんし、そもそも入り口に音声ガイドや字幕がないことで困っているんです。すべての社会のアクセシビリティはそうであってほしいです。

NPOで活動している視覚障がい向けの言葉の地図も、本来はどこの施設もプリセットされているべきです。仮に入っていても、見たくない人や必要でない人は見なければいいだけです。地図はサービスであって、どんな人もそこにたどり着くために同じサービスが享受できるものであるべきです。

写真:山上さんが沖縄でバリアフリー上映会を実施した時の様子

山上:よく車椅子の方から聞く話で、音楽イベントの際、帰りが混雑して危険だから、アンコール前に退席させられるそうです。いや、それは違うだろう、と。そのライブを見に行きたくて来たのに、何の権利があってアンコールの時に退場しなきゃいけないのか。主催者側として、そんな思いを感じさせてはいけないですよね。エンターテインメントとして、本当の意味でみんなが楽しめるようイベントを総合的にデザインしていくべきです。

市川:危ないだろうという気持ちが障がい者への遠慮につながります。また、障がい者の人たちはみんないい人、という幻想もありますが、そんなことはありません。障がい者もただの人間です。そして、人間が見たいと思う欲求や感情も当たり前に持っています。だからこそ、情報のフィルタリングなどがそうですが、もっとどぎついものも含めて、障がい者に遠慮しないでほしいです。障がいの有無に関係なく、遠慮せずにみんなで一緒に楽しめるようなものになってほしいですね。

── 後付けではないアクセシビリティ、健常者は一手間かけられるからこそのオミットな仕組み、障がい者に遠慮しない社会。そして、健常者と障がい者が分け隔てなく、開かれた状態にするために、建物も、街も、プロジェクトも、コンテンツも、あらゆる物事において、障がいのある方が最初の段階から参画し、一緒につくっていくことで少しずつ変わっていくような実感を得ることができました。

山上:早く、バリアフリーという言葉自体がなくなるような社会になってほしいですね。今日も、一個人としての市川さんと色んなお話ができ、色んな共感を得ました。身の回りでこうした会話を少しずつ増やしていきたいですね。

取材:小出有華、清宮陵一(NPO法人トッピングイースト)、編集:江口晋太朗(TOKYObeta.Ltd)
カバー写真:「天空の黎明」ではスカイツリー天望デッキから手話も生配信を行った ©︎三田村亮

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市川 浩明
神奈川県で生まれ育ち、民間企業に就職。30代後半に目の病気により視覚しょうがい者となる。病気が進行した結果、現在は全盲。企業で働く傍ら特定非営利活動法人ことばの道案内の活動に携わり、代表理事を務め、社会貢献活動に邁進している。

山上 庄子
Palabra株式会社(パラブラ)代表。両親が映画の製作配給の仕事をしていたことから映画に囲まれながら育ち、学生時代は下高井戸シネマで映画館スタッフとして働く。卒業後沖縄へ移りNPO法人国際マングローブ生態系協会で研究員として働く。2011 年東京へ戻り現在の会社の立ち上げに携わる。映画をはじめ、演劇などの文化芸術分野のバリアフリー対応、コンサル、配給事業などにも取り組んでいる。令和 2 年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰、内閣府特命担当大臣表彰優良賞受賞。第7回糸賀一雄記念未来賞受賞。