2017年5月 Another Story 日立の地で独自進化した『扇風琴』 ~鷲見作『和音扇風琴』制作日記~
エレクトロニコス・ファンタスティコス!」(以下「ニコス」)は、2016年度も様々な場で、古家電蘇生と合奏の試みを繰り広げました。2016年夏、東京ビックサイトにて開催されたものづくりの祭典「Maker Faire Tokyo 2016」(以下 Maker Faire)で初披露となった扇風機を改造した楽器『扇風琴(せんぷうきん)』は、「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」(以下 KENPOKU)での楽器制作・コンサートづくりへと引き継がれ、日立の地で独自の発展を遂げました。
『扇風琴』は、扇風機を担いで搔き鳴らします。今年の春先、「ニコス」首謀者の和田永が、画像検索で出てきたエレキギターの神様、Jimi Hendrix(ジミ・ヘンドリックス)と扇風機の画像を組み合わせ、ギターを扇風機に置き換えてコラージュをつくったところから全ては始まりました。その画像はある可能性を示唆していました。「扇風機はRockに演奏できるはず!」。
そんな思いを発端にまずは4つの音が出る初代『扇風琴』が生まれました。扇風機の回転部の後ろに光源をとりつけ、穴の空いた円盤を回し、光の明滅を電気の波に変えて音を鳴らす原理です。もし光が1秒間に440回点滅したとしたら、それは440Hz(ヘルツ)の音、 つまりラの音になります。
光を電気の波へと変える装置は東京のNICOS LAB(ニコスラボ)に参加するエンジニア・武井祐介さんが試作を手がけました。
Maker Faireでの体験コーナー。そこに足を運び、『扇風琴』を奏でながら「もっとこうしたら良いのでは?」と目を光らせていたのが、後の家電楽器職人となる、茨城県在住・鷲見倫一(わしみりんいち)さんでした。
鷲見さんはKENPOKUで一緒にプロジェクトをつくってくれるひとを募集していた際、日立市の広報誌に掲載された写真を見て興味が沸き、「デバイス制作経験を生かして盛り上げていきたい!」とニコスのプロジェクトに携わることになりました。そして、「自分は何すればいいだろう?」と疑問に思った鷲見さん。「扇風琴」の制作に必要なデータを手に入れた彼は「自宅にある扇風機でまずは楽器をつくってしまえばいいのでは?」と創造の暴走を繰り広げます。その後、独自の改良と進化が起こり『和音扇風琴』が誕生しました。
KENPOKUでは日立市常陸多賀の商店街の一角に制作アジトを設け、いらなくなった家電の回収から楽器のアイディア出しや制作、バンドメンバー募集から作曲編曲、そしてコンサートづくりまでを半年間がかりで行いました。そこに集ったメンバーのバックグラウンドは多種多様。中でもエンジニアのものづくりスピリットと好奇心は完全に炸裂。今回は『和音扇風琴』誕生までの過程を鷲見さんの制作日記からご紹介します。
鷲見作『和音扇風琴』制作日記 〜完成までの試行錯誤の日々篇〜
2016/8/7(日)
東京ビッグサイトで開催中のMaker Faireを見に行く。会場で『扇風琴』を初めて見る。実際に触らせてもらい、音も出した。しかし、出せる音は4つのみ。どう演奏したらいいのか戸惑う。そもそも「楽器」と言える代物なのか?でも和田さんはノリノリで演奏し、しっかり音楽に聞こえていたので、単に自分の演奏技術が足りないだけのようだ。光センサーの中身を写真に撮らせてもらった。和田さんが、扇風琴の資料をシェアしてくれた。すばらしい!これで自分で作れる。
2016/8/10(水)
戴いた『扇風琴』の資料をもとに、受光部をフォトレジスタからフォトダイオードに変えた光センサを作り、出力をアンプに入れたら「プイーン」と音が出てきた。マイコンを使ってLEDをドレミファソラシドの周波数で点滅させて光センサをかざすと、アンプを通してドレミファソラシドが聞こえた。よし、光センサ完成。次に円盤の試作にも取り掛かれると一人喜ぶ。
2016/8/13(土)
和田さんに、扇風機のモータを変えれば回転数が的確に変えられるのでどうか?と提案。「魔改造最高ですね!」と喜ばれる。検討をすすめる。
2016/8/18(木)
『扇風琴』の円盤に穴をあけるのではなく、反射材をつけて、反射光を受けて音を出せないか検討、Cメジャースケールがでる反射円盤試作完成。8音出せるようにしてみた。しかし音が非常に悪い。
反射型は、センサと羽根の距離が2倍で利いてくるので音量が安定しない。さらに戻り光をうまく受けないと音が出ない。これは演奏の難易度が高いと感じ、反射型は断念。現行の透過型で開発することにする。
音はドレミファソラシドの8音が出せるよう、現行の倍、8レーンを目標にする。
さて、透過型の場合、円盤の穴開けが大変だなぁ……何かいい手はないかなぁと考えたところ、革用工具の穴あけポンチが使えるのでは?とひらめく。早速、ボール紙を丸く切り抜き、コンパスで円を描き、分度器で角度を測りながら、ポンチで穴を開けていく。
しかし思った以上に大変。ポンチを叩く音がうるさいので、家の外で工作。全レーンを開けるのに2日ほどかかった。
さて、8レーンにした時に、どうやって隣のレーンの音と切り分けるか?
現在のLED光源は面光源なので、2つのレーンを透過した光をセンサで拾ってしまうのではないか。
考えるうちに、レーンごとにLEDを並べて、必要なレーンのみ光らせることを思いついた。
どの音を出すかは、左手側に設けたスイッチでLEDを選択できるようにする。 センサ側は光を受けるだけ。
あっ、同時に複数のLEDを光らせれば、和音を出せるぞ!ギター初心者が必ずつまずくFメジャーコードをボタン1個で出せちゃう!これはいい!
面白そうなので、早速部品を発注し、試作に取り掛かる。
2016/8/29(月)
『和音扇風琴試作機』完成。モータはステッピングモータを使用。円盤はボール紙に丸穴を開けた試作品。円盤の穴の直下にLEDを配置し、ネック側に設けたスイッチ(金属板)を押すことで、コードに必要なレーンだけ発光させる。コードは C、G、F、Am、Emが出る。
2016/8/31(水)
『和音扇風琴』にギターストラップをつけ 、ギターのように持って、カノンを弾いてみる。
音はあまり良くないが、コードは出ている。試作は成功!
….と思ったが、ここで重大な欠陥に気づく。扇風琴を振ると、円盤の回転数が変わり、ステッピングモータが耐えきれず止まってしまう。ステッピングモータのトルクが高回転時に低くなるためだ。これでは使い物にならない。
仕方ない。ステッピングモータを使った扇風琴の製作は断念する。
2016/9/12(月)
和田さんが日立に来たので、今まで試作した扇風琴の円盤の音を聞いてもらった。忙しいにもかかわらず真剣に聴いていただいた。とてもありがたい!
和田さんより、
・ボール紙が薄いので回転中に波をうって変形し音が濁っているのではないか。丈夫な材料(MDF)にすれば音がクリアになるはず。
・円盤を軸にしっかり固定できると良い。東京ニコスで作ったアダプタを使ってみて。
・穴は丸ではなく四角や台形の方が音がクリアになるはず。
これらを対策すれば音は改善するのではないかとの提案をもらった。
2016/9/23(金)
私が作った『扇風琴』のセンサの回路図を参加メンバーと共有する。
2016/9/24(土)
11/19のニコスコンサートの『扇風琴』演奏曲が、ボブ・ディラン「風に吹かれて」と、展示会場に訪れた人々からのリクエストがあった、デヴィッド・ボウイ「Heroes」に決定する。
2016/9/25(日)
ニコスコンサートでの『扇風琴』演奏の打診が来た。さらに、セクションリーダーと、テクニカル面のサポートも。こんな機会滅多にないので喜んで引き受ける。
2016/9/26(月)
募集をかけて集った古い扇風機の寸法・構造などの詳細を調査した。結果、軸の構造は2種類あることが分かった。
2016/9/28(水)
アジトにある扇風機のはねの回転数を調査した。羽根にテープを貼り、裏から光を当ててセンサで光の強弱を拾い、オシロスコープで波形を取って、回転数をカウントした。
結構ばらついてる。大丈夫だろうか。回転数を調整する機構が必要じゃないか?
2016/10/7(金)
和田さんからコンサート用の円盤のデザイン案設計結果が届く。「360°の円を12分割し、その分割線が中央にくる穴を12個開ける。それによって得られる音を『根音』とする。これを基準に、純正律の音階比率で必要な音の開口数を導き出しました」。よく分からないなー。「いっそのこと円盤に12~20の穴を等間隔で開けて、『和田律』って名づけましょう!」と返信。「面白い発想!」と返事が。最終的に扇風機が得意とする音律は「扇風律(せんぷうりつ)」と呼ぶことになった。
2016/10/8(土)
ニコス参加メンバーとともに革ひもとベース用ペグを使った回転数調整のためのブレーキを試作。これで演目に使うすべての「扇風琴」のチューニングができるようになるはず。
2016/10/9(日)
ラの音が880Hzになるように設計した、Cメジャースケール円盤を作った。ボール紙は、ホームセンターの在庫の中から最も厚いものを使用。光源はLEDではなくて白熱灯。和田さんから、白熱灯はノイズがのる、と聞いていたので、どうかなぁ、あまり良くないかもと思っていたが、試した結果はなかなか良い音!
白熱灯は点光源で、光が均一に周囲に広がるため、レーン間隔が狭くても音が混ざらず、かつ全レーン同じ音量で演奏できることが分かった。この円盤をセットした『扇風琴』を公開制作アジトに展示して、KENPOKU来場者に体験してもらうことにした。
『扇風琴』はまだまだ改良の余地がある楽器だと改めて認識。
しかし、円盤の切り出しがとにかく大変。先日日立ニコスメンバーに加わった、私の会社の同僚の高橋さん親子と3人で手分けして作業しているが、カッターを使って1枚切るのに3時間くらいかかる。ボール紙が厚いので切るのに力が入り、指にマメができてしまう。試作や実験が大変な楽器である。
2016/10/11(火)
扇風律について和田さんとやり取りする中で、円に対して均等に穴を開けていくと気持ちいい音が出るのではないかというアイディアが出てきたので試作した。
確かにきれいな音が出る。狙う音の周波数で穴を均等に開けられるかどうかが音質を左右することがわかる。
2016/10/12(水)
和田さんやニコスメンバーの皆さんと数人で夕食に行く。
その席で「『和音扇風琴』はボタンを押してセンサーを適当に振れば音が出るから、演奏がとっても楽ちんで~す。イエーイ」と言ったら、和田さんに「何言ってるんですか!音楽的に超重要なパートですよ!!魂を込めて!!!」と言われてしまった。反省。
2016/10/31(月)
『和音扇風琴(本番演奏用試作機)』用円盤完成。
そして最初の音出し。
マイナーがマイナーに聞こえない気がするが、まぁ何とかなるだろう。
和田さんが11月から制作アジトに滞在するので、なんとかそれまでにギリギリ間に合った。良かった!
鷲見作『和音扇風琴』制作日記 〜鷲見、エンジニアの情熱が止まらない篇〜
2016/11/5(土)
アジトに『和音扇風琴』を持ち込み練習を行う。
この練習で、和音をキッチリ出すには、全レーン、12センチ以上の幅でセンサをずーっと振り続けなければならないことが分かった。これは非常にキツイ。このままでは演奏会前に手首が壊れる!
練習後、和田さんに、レーン間隔を半分にして、センサの振り幅を半分にしたいと相談したが、「今の激しく必死に手を振ってる姿がRock!レーン間隔変更は次の機会にとっておきましょうよ」ということに。
仕方ない。とりあえず一旦分かったふりして、コッソリ内緒で作ってしまおう。早速CADデータの作成と円盤のレーザーカットを参加メンバーにも協力頂きながら制作開始。
2016/11/9(水)
レーン間隔を半分にした『和音扇風琴』の円盤を作り、和田さんにお披露目。
「ヒャハー!やんないでって言ったのに!もー!」って言われたが、目は笑っていたので、喜んでもらえたということにしておこう。
センサの振り幅が小さくなったので、演奏がとても楽になった。
アジトで扇風琴練習。熱血個人レッスンを受ける
2016/11/18(金)
常陸多賀のメガネ屋さんで、本番の演奏で使うサングラスを購入。ご主人は先日アジトでの練習をご覧になっており、『和音扇風琴』を気に入ってくれた様子。
2016/11/19(土)
KENPOKUでの制作の集大成となるフィナーレコンサート「エレクトロニコス・ファンタスティコス!〜日立通電篇〜」いよいよ本番。
『ブラウン管大太鼓』が終わったところで『扇風琴』奏者で出演。いやぁ緊張する、どうしよう。でもせっかくの機会だし思いっきり楽しもう!そう思ったら気持ちがすっと楽になった。1曲目が終わり、和田さんのメンバーや楽器紹介のMC中に、会場から「大したもんだ!」の声が出てびっくり。あ、昨日のメガネ屋のご主人でしたか!
【動画】扇風琴合奏、本番の一コマ
2曲目の後半では、和田さんの演奏しながら暴れる姿を観て、「ずーっと暴れててくれないかなー、そしたら終わらないのになー」と思う。
2016/11/20(日)にKENPOKUは会期終了、閉幕しました。コンサートは日立市の中心広場にある「青き神々の神殿」と呼ばれる地下空間にて開催し、大勢の観客が見守る中、ブラウン管22台6名の奏者による合奏をはじめ、4名の扇風琴奏者(田中啓介、和田永、玉守ヒロト、鷲見倫一)による合奏、観客全員が繋がり微弱な電磁波を流しながら演奏する演目等、工業都市における新たな土着音楽の鼓動が響き渡りました。
そしてKENPOKU閉幕後も鷲見さんは独自に『扇風琴』の開発を続け、今ではなんと4オクターヴ出る『扇風琴』(その名も『倍倍琴(ばいばいきん)』)を和田さんも知らない間に制作しています。
鷲見さんをはじめ、芸術祭後も参加メンバーの人々は日々独自に楽器の開発を進めています。最初の卵から、様々な人の実験や思いつきがリレーしながら飛躍を続けている『扇風琴』。もはや楽器づくりも即興セッションの一部と言えるかもしれません。今後も生産は続きます!